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2017/07/15

人の悪口は言いません

おはようございます。小出遥子です。

昨日、大学時代の友人と会いまして、
とてもたのしい時間を過ごしたんですけれど、
彼女と会って、なんか、しみじみ思いましたねえ。

「私、ほんとうに人の悪口を言わなくなったなあ」って。

昔は、もう、それこそ「悪口権現(ごんげん)」的な存在だったんですよ、私。
口を開けば「あの人がどう」「この人がどう」って、文句、文句、文句のオンパレード。
それ以外に話題ないの!? ってぐらい、始終誰かの悪口を言っていました。
大学時代から社会人5年目ぐらいまでが良くない意味でのピークでしたね。
その期間、ずっと、小出の中の「悪口権現」が荒ぶり続けていました。

こうして書くと、まじで性格悪かったな、私……(笑)。
というか、しんどい人生を送っていたなあ、と思います。

自分ひとりでしんどいならまだしも、
しんどさを抱えている人って、だいたい周りもしんどくしてしまいますからね。
それが問題なんですね。
周りのしんどさって、そのまま倍返しで自分にやってきますし。

その後、20代の後半頃ですかね、その「しんどさ」がマックスになって、
自分でも「これじゃまずい!!!」と気づいて、
仏教思想を学んだり、瞑想を実践したり、
ほかにも心身をととのえるためにいろいろな方法を取り入れたりして、
自分なりに生き方の方向性を転換していけたことはさいわいなことでした。

人間、そう簡単に変われない、とか言うけれど、
「変わりたい!」と本気で思ったら、変われますから。
しかも、割とすぐに。
大丈夫ですよ。

で、悪口の話ですね。

これもね、私、別に、
「悪口を言うのは悪いことだから」言わないわけじゃないんですよ。

単純に、
「悪口を言うのは自分が心地よくないから」言わないだけです。

もちろん、私も人間ですから、
「あの人、なんでああいう態度しか取れないんだろう(むかむか)」とか、
「あんな言い方しなくてもいいのに(いらいら)」とかね、
そういう感情を味わうことはありますよ。

でも、その感情は味わったその場で完結してしまうんですね。

一瞬、「むかっ」「いらっ」ときた。でも通り過ぎていった。
それで終了。一件落着。ちゃんちゃん♪ ……という感じ。

それでいいんですよね。

いまここにない「むかっ」や「いらっ」をわざわざ遠くから呼び戻して
「ああでもない」「こうでもない」とこねくり回すのって……
単純に、面倒くさくないですか?

不機嫌なんてね、忘れてしまうに限るんですよ。

過去の不機嫌は放っておけばどんどん忘れていけるのに、
わざわざことばにして自浄作用の速度を落としてしまうなんて、もったいないです。

この単純な事実に気づいてから、
私は、ほとんど人の悪口を言わなくなりました。

自分の機嫌は自分で守るのです。

それに、ものすごく根本的なことを言えば、
人間って、誰かを憎んでいるよりも、
誰かを愛しているときの方が、心地よくいられるものなんですよ。

いや、「愛する」とか言うとちょっと大げさな感じもするので、
「存在を認める」とか、そのぐらいの表現にとどめておきますかね(笑)。

誰かの存在を憎んで認めないよりも、
「まあ、あの人はあの人で懸命に生きているのだから」と、
ふわっと包み込むようにして認めてしまうと、
なにより自分の力が抜けるんですよね。

苦しいのはなんでなのかというと、心身に余分な力が入るからです。

拒絶は力みを増します。
受容は力みを取り去ります。

どちらが楽でしあわせかは言うまでもないですね。

いろいろ言いましたけれど、まあ、結論としては、

「いつだって、自分がほんとうに心地よくいられる選択をしたいよね」

というところに尽きますね。

他人が、とか、世間が、とかどうでもいいんです。
まずは自分のしあわせを最優先に大切にする。

これって決して身勝手な生き方じゃないですよ。
自分をほんとうに大事にすることができたら、
ちゃんと周りにも心地良い生き方ができるようになっていきますから。
たとえば人の悪口を言わなくなったりね……(笑)。

順番、大切にしたいですね。

三連休初日ですね。
よい一日をお過ごしください◎