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2017/10/24

さみしかったので

おはようございます。小出遥子(こいではるこ)です。

ふだんは22時前には布団に入って眠りの世界に移行している私ですが、
昨日は日中ゴロゴロしすぎたためか、まったく眠れず。

真っ暗な部屋で、眠ることもできずに布団に横たわっていたら、
なんだか急激にさみしくなってしまって……。

うわあ、なんだろう、このさみしさは!
なにが私をこんなにさみしくさせるんだろう。

と、一瞬だけ思ったのですが、
ここでさみしさの「原因」を探ってもドツボにはまるだけだ、
というのは、この33年のさみしさバンザイ人生(笑)で
わかりきっているので、そんなことはやめました。

その代わりに、さみしさを体感として感じてみました。

みぞおちの奥が重苦しいな。
首の後ろが緊張しているな。
足先が冷たい感じがするな。

とか。

ちゃんと体感として感じていると(変な日本語だ)、どんな感情でも、
「それ以上」の大きさに育つことはなくなるような気がします。

こころの痛みは、からだの痛みです。
「ある」ものは、「ある」よ、と。
その存在を、自分でしっかり認めてあげると、
たいていの場合は、時間が経てばちゃんと「成仏」してくれます。

昨日も、体感を経て、「そうか、いま、さみしいんだね」と認めたら、
少し、こころとからだが楽になった気がしたので、
すかさず、自分に、「じゃあ、いま、なにがしたい?」と問いかけました。

すると、間髪入れずに、
「あたたかいお茶が飲みたい」「あと、夜風にあたりたい」
という答えが返ってきたので、布団から起き出して、
台所でお湯を沸かしてカモミールティーをいれて、
ベランダに出て、夜の匂いにつつまれながら、
少し、ぼんやりとすることにしました。

夜にそういう時間をとったのは久しぶりだったので、
ものすごく新鮮でした。

ほんの少しのことなのに、そうしているうちに、
こころとからだがどんどん軽くなっていくのがわかりました。

そして、ふだん、いかに自分が自分の声を聞いているようで
聞いていなかったのかがわかりました。

お茶をいれて、ベランダに出て夜風にあたる、なんて、
数分もあればできることなのに、
どうして日々の中でこれが簡単にできないんだろう。
そこから開けていくものだってあるのに。

まあ、反省はひとりでするとして(笑)
でも、昨日は、ちゃんと向き合えたぞ、自分、と思います。

「ある」ものを「ない」ことにしないこと。
「逃げる」のではなく「受けいれる」こと。
自分の機嫌は自分で取ること。

この基本3セットをちゃんとできた昨日の終わりには、
ご褒美のように、とてもやさしい時間が与えられて、
ああ、やっぱり、神さまはいるのだな、と。
というより、自分自身が「神」なのだな、と。

まったく傲慢な感じではなく、むしろ謙虚に、
そんなことを思ったのでした。

……なんだかわけがわからなかったかもしれませんね。
でも、なんとなく、記録したくなったのでした。

やっぱり、さみしさは「入り口」なのだと思う。

今日もお読みくださってありがとうございます。
よい一日をお過ごしください◎

 

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