Column
Words
2016/11/16

【達磨】迷うがとき人、法を追い、さとるがとき法、人を逐う。

イラスト:nihhiイラスト:nihhi

今回は、禅の開祖、達磨大師のことばを選んでみました。仏教で言う「法」というのは、「真理」のことです。なので、冒頭のことばは、「迷いの中にあるときは、人は真理を追い求める。しかし、ひとたびさとってしまえば、真理が人を追い払うのである」……といったような意味になるでしょうか。

去年から今年にかけて彼岸寺で連載した「ひらけ! さとり!」の中で、何人ものお坊さんが「さとりなんかどこにもない」「さとりを得た人なんかひとりもいない」といったようなお話をされていました。当時は、なんだか煙に巻かれたような感じがして、素直にそのことばを受け取れなかったのですが、いまは「ほんとうにそうだなあ」と、しみじみと納得しています。

「さとり」ということばで示される世界、つまり「真理」の世界は、個人の存在以前に「ただある」ものです。それならば、そこに到達すべき個人など、最初からどこにもいないのです。

もう、ほんとうに、びっくりするほど簡単で、シンプルすぎるほどにシンプルなお話だったのでした。この事実を、おなかの底の、いちばん深いところで理解できたとき、私は、「ひらけ! さとり!」という旅を終えられるな、と思えたのです。

もはやなにを追い求めることもない、この安らかな気分を、あえて名づけるのなら「さとり」とも呼べるのかもしれない。そんなことを思っている、今日この頃の私です。

「ほぼ週刊彼岸寺門前だより」2016年11月13日発行号より転載)