Column
Words
2016/11/30

【道元】もし悟りよりさきのおもひをちからとして悟りのいでこんは、 たのもしからぬ悟りにてありぬべし

イラスト:nihhiイラスト:nihhi

今回は道元禅師のことばをピックアップしてみました。「もし、さとりよりも前に“さとりとはこういうものだろう”と考えて、その通りのさとりらしきものがあらわれたとする。しかし、それがほんとうのさとりなのかどうかは疑わしいものである」……といったような意味になるでしょうか。

最近、私は、「未知」と「既知」について、よく思いをめぐらせています。仏教の基本は「無常」「無我」「涅槃」の「三法印(さんぽういん)」です。最初に「無常」があるのです。この世のすべては常ならず……つまり、ほんとうは、世界は、いつだってまったくあたらしい、ということです。

そこに目を見開かされることが「さとり」なのだとしたら、そこには「このようであるはずだ」という、既知の世界の思い込みは通用しません。まったくもって未知である、真にあたらしい光に満ちた世界と、ただただともにあること……。

「さとり」に憧れるのは個人の自由だけれど、そこに固定的な思い込みを持ち込むことは、実はもっとも「さとり」から遠いところに自分を置く行為になってしまうのかもしれませんね。

ただただ無邪気に、「未知」とたわむれるようにして生きていきたい。そんなことを思います。

「ほぼ週刊彼岸寺門前だより」2016年11月27日発行号より転載)