Column
Dialogue
2016/12/18

小関勲さんとの対話/いのちとカラダと全体性のお話

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小関:では、今度はヒモを使って試してみましょうか。

小出:出ました! 最近話題の「ヒモトレ」ですね! 雑誌『anan』の「カラダにいいもの大賞」でグランプリを受賞した……。

小関:はい(笑)。おかげさまでいろんなところで取り上げていただいています。……じゃあ、まずはさきほどと同じように立ってもらっていいですか?

小出:はい。

小関:その状態で両肩をぐるぐる回してください。前回しでも後ろ回しでもいいので。その感じを覚えておいてくださいね。……はいOKです。じゃあ、ちょっと足を閉じていただけますか? この状態で、ヒモをお尻の下に巻いていきます。……はい、少し足を開いてください。

小出:こうですか?

小関:OKです。そうすると、ちょっとヒモに張りが出ますよね。この状態で、先ほどと同じように両肩を回してみてください。

小出:あれ……? さっきよりだいぶスムーズになった感じがしますね。

小関:回しやすくなるでしょう?

小出:肩のつまりが取れた感じがします。ええ~! 面白い!(笑)

小関:そのまま腕を回し続けてください。……いま、ヒモを外しました。ちょっと重くなったり、回しにくくなったりしませんか?

小出:ほんとだ。重いです……。

小関:もう一回つけると……。

小出:うん、楽になりますね。

小関:もう一回これを外すと……。

小出:一気に重くなりました……。ぜんぜん違いますね! 面白い!

(※お尻へのヒモの巻き方は『ひもを巻くだけで体が変わる!痛みが消える!』マキノ出版ムック などに詳しいです。)

肩回しも片足立ちも全身運動

小出:でも、不思議ですね。どうしてこういうことが起こるんですか?

小関:簡単な話で、ヒモを外すとカラダが迷ってしまうんですよ。

小出:カラダが迷う?

小関:カラダって、どこか一部分だけを動かして、ほかの部分を動かさないでいると迷ってしまうんです。言い方を変えると、僕らは普段、カラダを無理して動かしているんです。でも、お尻の下にヒモを巻くことによって、上半身と下半身の協調性を取り戻します。すると肩回しが全身運動となってスムーズになる。つまり迷わなくなるんです。普段は動きにくさや不具合として実感しています。ヒモトレで試すと、それがより明確になります。

小出:なるほど……。「下半身にもカラダはあるよ」っていうことを教えてあげるためのヒモなんですね。

小関:その自覚を作った状態で上半身を動かすと、下半身もスムーズに動いてくれるようになるんです。すると全体の動きがなめらかになる。

小出:ほんとうは、肩回しだって、下半身を含めて全身でやるものなのに、さっきは上半身だけ、肩だけでやろうとしていたんだ。だからしんどくなっちゃったんだ。

小関:そう。カラダって、本来、ぜんぶがつながっているので。どこか一部分を使って、ほかの部分を使わないっていうのは、実はものすごく不自然なことなんですね。肩回しは肩回しという全身運動だし、片足立ちは片足立ちという名の全身運動なんですよ。でも「片足立ちをしてください」っていうと、みんなどうしても片足だけで頑張ってしまう。だからしんどくなってしまう。ぜんぶそうですよ。だから、ことばにだまされないよう、注意が必要です(笑)。

小出:ことばにだまされて全体性を見失うと動きが不自然になって、カラダに負担がかかる。結果、しんどくなってしまう、と……。

小関:そういうことですね。カラダが教えてくれるんです。

「わかる」は「わける」

小出:全体性というのは、さきほどもおっしゃっていましたけれど、ほんとうはすでに「ある」ものなんですよね。

小関:そうです。でも、それは意識ではとらえられないんですよ。

小出:意識では全体性をとらえられない?

小関:無理なんですよ。自分のカラダの部位は、意識でとらえられるんです。腕があるな、脚があるな、体幹があるな、っていう風に。わかりますよね? 腕や脚があるっていうことは。

小出:はい。肘も、肩も、胸も、腰も、膝も、ありますよね。

小関:うん。それらがあるっていうことがわかりますよね。でも、「わかる」っていうことは、「わける」っていうことなんですよ。そもそも意識が部分でしょう?

小出:ああ……!

小関:人間がなにかを「わかる」ためには、一度「わける」っていうことをしなきゃいけないんですね。「わける」ことが僕らの理解につながっていく。逆に言えば、意識では部分を捉えることしかできないんです。じゃあ、人間が全体性を「知る」ためには、なにをしなきゃいけないと思いますか?

小出:理解を手放す……?

小関:そうですね。理解というのは、思考の産物ですよね。思考というのは言語です。言語を使うことによって部分にフォーカスしていくわけですよね。

小出:言語を用いた瞬間に部分が生まれて、全体性を見失う、と。

小関:まあ、言語があることによって人間は文明を作ることができたので、これはこれで素晴らしい能力ではあるんですけれど。ただ、なにかを「わかろう」とする限り、それを部分にわけてしまうということが起こり続ける。すると、カラダに本来そなわっている全体性が見失われてしまって、いろいろな不具合が生じてくるというのは事実ですよね。

小出:なるほど……。

「わけられない」から「わからない」

小出:じゃあ、やっぱり、思考を使う限り、全体性のことは……

小関:ぜったいに「わからない」んですよ。なぜなら「わけられない」から。

小出:「わかった!」と言って掴んだ瞬間に、それは部分に姿を変えてしまいますものね。

小関:うん。でも、「わからない」というのは、あくまで「意識ではわからない」ということであって、意識以前のところでは、実は、すでにすべてが感受されているんです。

小出:「感受」ですか。

小関:ただ「ある」もののことは「感じる」しかないんですよ。たとえば、ちょうどいい湯加減のお風呂に入ったときに「ああ、気持ちいいな」と感じますよね。でも、自分にとっていい塩梅の温度というのは、その日の気温によっても違ってくるし、その日の体調によっても、当然、違ってくるわけです。だから、最終的には自分で湯船に浸かって確かめるしかない。

小出:確かに……。

小関:料理もそうですよね。レシピ通り作ればだいたいその通りの味にはなる。でもその日の自分にぴったりの味つけにするには、やっぱり、味見をして調整していくしかない。そこはもう自分で体感する、つまりは感受するしかないわけです。

小出:どんなに意識の上できっちり詰めて考えていっても、最終的に「ああ、これだ!」っていうのは、自分のカラダで感じなければどうにもならないんでしょうね。なににおいても。

小関:そう。本人的には、ここがこうなって、ああなって、結果、こういう風になるんだな、みたいな風にきっちり考えているつもりでも、実は意識自体がものすごく大味で、隙だらけのものなので。でも、カラダは、意識以上に細やかにいろいろなものを感受しているので、実は、そちらの方が信頼が置けるんですよね。

意識より先にカラダはすべてを感じている

小出:私も、小関さんに出会ってから、普段から肩にヒモでタスキがけをしたり、おへその周りにヒモを巻いたりして過ごすようになったんです。あれ、ほんとうにゆるく巻くだけでいいんですよね。あまりにゆるくて、ぜんぜん巻いている感じがないのに、でも確実に効果はある。ヒモトレ以前に比べて、カラダがととのってきているのがわかるんです。肩こりも緩和されたし、眠りの質もよくなったし……。

小関:ヒモトレのヒモって、ゆるく巻くことが大事なんですよ。ほとんど巻いていることすら忘れているのに、カラダは常に気づいている、という状態がベストなので。そのぐらいでも、カラダには十分に変化が起こるんですよ。でも、人間の意識は大味なものしかわからないから、ついつい「やっている感」みたいなのを大事にしたりしてしまうんですよね。

小出:ゆるく巻くだけでいいのに、きつく縛ってみたりとか……。

小関:そう。「やっている感」って、そのことを実感しているだけで、全身にどう影響するかまで見ている人は少ないんです。でも、ほんとうはそんなことをしなくても、カラダはすでにいろいろなものを感じているので。たとえば、人間、ご飯を食べますよね。なんで食べるんですか?

小出:おなかが空いたから?

小関:そう、カラダが欲したからですよね。じゃあどうしてカラダが食べものを欲しているってわかるんですか?

小出:おなかが鳴ったから?

小関:そういうことですね。カラダのシグナルによって気づくわけですよね。あ、おなかが鳴った、おなか空いたな、じゃあご飯を食べよう、って。そこは理屈を超えているんですよね。

小出:わかりやすいです(笑)。確かに、自分の意識とは無関係に、カラダは欲求を感じて、それに応じて行動をしていますね。

小関:そう。意識が気づく前に、カラダの方が先に気づいていますよね。だから緊急事態だと、カラダが先に反応してくれたりするわけですよ。熱いものに触れたら、その瞬間に、たいていの人は反射的に手を引っ込めるじゃないですか。でも、そのとき、いちいち「熱いぞ」「手を引っ込めなきゃ」「じゃあ引っ込めよう」なんてやっていないですよね。

小出:そんな悠長なことしていたらヤケドしてしまいますものね。そういうときって、考えて動くというよりは、先に反射的に手を引っ込めて、そのあとで頭で判断しているっていうのが正解なんでしょうね。ああ、熱かったから手をひっこめたんだな、って。

小関:そういうことですね。僕らって、意外に前後関係を逆にして認識していることが多いんですよ。