Column
Dialogue
2017/05/28

小竹めぐみさんとの対話/いのちは凸凹(でこぼこ)だからこそ愛おしい

こどもを宿して気づくこと

小竹:「いま」っていうことで言えば、私、この数か月の妊婦生活の中でいろいろ気づくことがあったんだけど、そのうちのひとつが、「大人って、未来の話ばっかりしてくるなあ」ってことなんだ。

小出:ああ……。

小竹:こどもがおなかにいる状態で人と会うと、みんな、いろんなことを言ってくれる。たとえば「生まれるのが楽しみね!」とか、「こどもと一緒の生活がはじまるね!」とか、「どんな子に育つんだろうね!」とか。

小出:うん。

小竹:でも、そういうことを言われるたびに、もちろんありがたいんだけど、「そこあんまり考えてないわ」って思う自分もいて。

小出:さすが(笑)。

小竹:私としては「いま」を大事にしていければそれでいい。こどもが生まれたあと、家族とどんな暮らしをしていこうとか、どんな風に育てたいとか、正直、ほとんど思い描いていなくて。それよりは、「あ、いま、ポンッて蹴った……」とか、「おなかってこんな風に出るんだ……」とか(笑)。そういう、自分の素の気持ちをひとつひとつ味わっていくことの方に興味がある。

小出:すごいなあ。一貫しているなあ。

小竹:まあ、これはあくまで私の話だし、誰かに共感して欲しいとも思わないんだけど。でも、未来の話をしてくる人が多いなあ、っていうのは、ひとつ、実感としてあるよ。

小出:そっかあ。未来に希望を見るのは決して悪いことじゃないけれど、それによって、いまここにすでにある豊かさに気づけなくなっているんだとしたら、それは、すごくもったいないことだよね。

小竹:そう。あと、「もっともっと!」って見上げるクセみたいなのも人間にはあるよね。でも、「いま」の価値をそのまま認められた人は強いと思う。

小出:うん。しなやかで、強いよね。しかし、めぐみさんはこどもができてもまったく変わらないなあ。常に「いま」を生きている。

小竹:もちろん私も変わるときには変わるのかもしれないけど、ここに関しては、そんなに自分の中から変化がやってきたりはしていないよ。ただ、日々おなかが大きくなっていくだけで(笑)。

いつも通り変化中!

小出:変化って、そもそも時間の経過を前提にした概念だから、「いま」しかない人には、そもそも変化を変化として見ることがないんだよね。

小竹:そうかも。だって常に変化しているよ、って話だもんね。

小出:そうそう。私たちって、ほんとうは常に変化の中にいて、でも、いまを基準にして見てみれば、結局そこに変化はないんだよ。いつだって「いま」だから。

小竹:「いつも通り変化中!」だよね。

小出:まさしくそれだね。常に変化しているという事実は変化しません、みたいな。そういうところを生きているからだと思うんだけど、めぐみさんって、どういうわけか、いつ会っても「はじめまして!」っていう感じがするんだよね。これまでに何回会って話をしていても、毎回新鮮に、まったくあたらしく出会える感じ。

小竹:うれしい。

小出:もちろん、どんどんいろんなことを共有して、関係性が深まっていくっていうことはあるんだけど、それでも毎回新鮮な気持ちで出会える。それは、たぶん、めぐみさんが、いつもあたらしい気持ちで世界と出会っているからだと思うんだよね。思い込みや固定観念を通して世界を見ない。「これはこうに決まってる!」とか「こうしなきゃだめなんだ!」とかがなくて、それこそ決まった「正解」を持たないままに、ただ、いまを生きている感じがする。

小竹:そっかあ。ありがとう。

小出:私のことも、「小出遥子」という固定された存在として見てないな、っていうのが伝わってくるんだよね。「あなたはこういう人だから」っていう決めつけがないところで、ただ、一緒にいられる。それがすごく心地いいし、ありがたいなって。

完成しなくても、成就しなくても

小出:そんなめぐみさんの本だから当然なんだけど、『いい親よりも大切なこと』も、「ほんとうにそれだけが答えなのかな?」とか、「そもそもほんとうにそうなのかな?」とか、そういうところを、全編通して問いかけてくれるなあって。「それだけじゃないかもしれないよ」っていう可能性を、まったく押しつけがましくなく、やわらかく示してくれていて。私は、この本に書かれていることは、子育て以外のすべてのジャンルにもそのまま応用できると思っているんだけど。

小竹:それはうれしいなあ。

小出:いまを生きるって、そのまま自由を生きることなんだって、理屈じゃなく教えてくれる本だよね。やっぱり、人間、過去や未来のことを考え過ぎると、思い込みという狭苦しい枠の中で生きちゃうんだよ。「昨日までこうだったから、今日もこうに違いない」とか、「未来にこんなことが起こって欲しいから、もしくは起こって欲しくないから、いまをこういう風に生きるべきだ」とかさ。「べき」が出てくると、どうしても苦しくなってしまう。

小竹:それに関連して言えばさ、人って、どうしても、「完成する」とか「成就する」とかだけをポジティブにとらえてしまうじゃない? でも、いまという瞬間には、ポジティブもネガティブもないんだよね。

小出:ほんとそれ! そうなんだよね。

小竹:自分が考えるゴールに辿り着けなかったとしても、いまというところから見れば、どんな瞬間だって、ほんとうは祝福で。でも、やっぱり、人間って、誰かと別れたとか、仕事を辞めたとか、それまでのストーリーが一度終わるっていうことに対して、必要以上にネガティブな評価をしてしまう生き物だなあって感じている。

小出:自分の思うゴールに辿り着くこと、それだけがしあわせなのか、って言ったら、決してそうじゃないからね。実は自分がぜんぜん意識していないところで、実は、すでにしあわせの中にあったりするわけで。そこに気づければ、生きることは、少しずつ楽にはなっていくかもしれないね。

小竹:そうだね。人間、どうしてもベタッとした気持ちを持つときだってあるし、それを人生の醍醐味として味わうことだってあるけれど、でも、カラッと生きた方が自分が楽じゃない。足取りも軽いし。どっちのスイッチを押したいか、って言ったら、やっぱり私は後者を選びたい。

小出:すごく大切なことだね。