Column
Dialogue
2017/06/12

梶田真章さんとの対話/無数のいのちの重なりの中に、今ここの「私」がいる

念仏をとなえても即座に苦しみが消えるわけではない

小出:また少し話は変わるんですけれど、私、法然さんの臨終の際のエピソードが大好きなんですよ。こんな話を本で読んだんです。法然さんは、念仏をとなえれば、必ず浄土で阿弥陀さまに救い取っていただけるんだ、ということをお説きになった方ですけれど、いざ、最期を迎えるときに、お弟子さんたちはさすがに心配をして、当時の慣習にのっとって、臨終の際の儀式をしようとしたらしいんですね。たとえば阿弥陀像の指と、法然さんの指を五色の糸で結んで往生を願うとか……。でも、法然さんは「そんなことはしなくていい」「必ず救い取ってくださることはわかっているんだから」と言って、お弟子さんたちを制して、そのまま息を引き取られた、と。これはすさまじいお話だなあ、と。最後まで他力の道をまっすぐに歩まれた、その法然さんのおこころに、なにか、涙が出てきてしまうんです。

梶田:そうですか。

小出:法然さんが他力の道を見出されてからの数十年間が、その臨終の際のお姿に凝縮されているような気がして。どんなに肝の据わった人でも、いざ死を目前にしたら、平常心でいることはなかなか難しいことだと思うんです。でも、このエピソードの中の法然さんは、まあ、もちろん、事実はどうだったのかはもちろんわかりませんけれど、とにかくゆったりと落ち着いていて、阿弥陀さまの救いを、完全に信じ切って、まかせ切って、ゆだね切っているように感じられるんですね。そのときの法然さんのおこころの中は、ものすごく穏やかで、安心感に満たされていたんだろうな、と。法然さんの心中に、他力の道、念仏の道の真骨頂を見るような気がして……。素敵だなあ、こういう風に生きてみたいなあ、と憧れてしまいます。

梶田:そうですね。もちろん、向こうで必ず救い取ってくださる存在を信じることができれば、信じないよりは、こころ安らかに生きていくことができる、というのはあるでしょう。しかし、その一方で、先ほども申しましたけれども、人間は、人間である限り、自分の物語を生きていくしかない。一瞬一瞬悩みながら生きていくしかないので。だから、いくら念仏を申していても、苦しみが消えることはないんですよ。苦しみながら生きていくのが人間の姿であるし、それは一生解決することはない。

小出:そうですか……。

梶田:しかし、「そもそも解決することはない」ということを知ることで、自分の物語が相対化されて、少し楽になるかもしれない。でも、楽になったからと言って、ずっと楽であるかというとそうではなくて、また自分の物語に執着してしまうこともある。そんなときに、また、大きな物語が意味を持ってくるという話なんですね。

小出:行ったり来たり、なんですね。

梶田:そうです。行ったり来たり、揺れながら、自分の小さな物語にこだわりながら、大きな物語にどこかで支えてもらいながら生きていくその姿が、念仏とともに生きていく姿であると、私は思っています。

小出:なるほど……。

物語を信じて生きていくことがそのままよろこびとなっていく

小出:あの、かなり失礼な質問になってしまうかもしれませんが、梶田さんご自身はいかがですか? ご自身の往生を確信されていますか?

梶田:そうですね。ありがたいことに、40年以上念仏をとなえてきたおかげで、そこに関しては解決していますね。

小出:そうですか。

梶田:もちろん、最初は、私を往生させてください、というような願いの中で念仏をとなえているようなこともありましたけれど、長年やっているうちに、そこに関しては私の中では安心できてきましたので、今は、私自身の往生ではなくて、みなさんと一緒に往生すること、最後には一緒に目覚めさせていただくこと、それが「南無阿弥陀仏」になっています。そこまでいけば、まあ、さとれないなりに、自分や他人に対して寛容に生きていけるようになりますね。まあ、往生を確信すると言っても、その物語がほんとうのことかどうかはどちらでもいいんですよ。そもそもわかりようのないことなので。

小出:生きている限り、わかりようがないですよね。

梶田:でも、わからないならわからないなりに、その物語を信じて生きていくことが、自分のよろこびになっているという実感はあります。

小出:しかし、よろこびの中で生きていらっしゃるのであれば、それは、すでに「救われている」と言っても良いのではないでしょうか?

梶田:それはどうでしょうか。現代においては「救い」ということばにいろんなイメージが付きすぎてしまっているという事情がありますので……。

小出:確かに、「救い」と聞くと、悲しみや怒りなどのネガティブな感情から完全にフリーになる、みたいなイメージが、どうしても湧いてきてしまいます。

梶田:そういうことではなくて、必ず自分をおさめとって捨てることがない阿弥陀仏という存在を信じること、それを他力においては「救い」と呼ぶのですね。そこに安心がある、と考えます。

小出:その「安心」というのも、不安の対極にあるものではなくて、不安すら包み込んでしまうような……。怒りとか、悲しみとか、ありとあらゆる思いや感情は、大きな物語に出会った以後も、相変わらず浮かんでくるけれど、それでも、ベースのところに、阿弥陀さまが必ず救いとってくださるんだ、という安心感があるから、もがきながらも生きていける。そういうことでしょうか。

梶田:そうですね。もがきながら生きるしかないという覚悟ができていくんですね。今ここにあらわれている因縁の中で生きるしかないんだ、それが私のかけがえのない人生なんだ、と。

日本仏教のあり方は世界への見本となる

小出:浄土教というと、どうしても死後の世界のことを説いているようなイメージが一般的にあると思うんですけれど、やはり、基本は、今、ここにおいて、この私がどう生きていくのか、そこにあるんですね。

梶田:私はそのように考えています。

小出:梶田さんはそのようにして生きていらっしゃる、と。それにしても、今日あらためて感じたのですが、梶田さんは、徹底して「これは私の理解です」「それ以外の物語もあっていいんです」といったところからお話をされますよね。その、とてもあたたかいんだけれど、どこかクールと言いますか、なにごとにも「絶対」ということばを付与することがない。そういう立ち方、それ自体に、大きな学びをいただいている気がします。

梶田:なににおいてもひとくくりにすることはできませんからね。仏教にだってさまざまな宗派があるわけでしょう。でも、それが共存してきたというのが、仏教のまことに素晴らしいところだと私は思うんですね。だから、仏教は、そこを、世界に見本として示す役割があるのではないかと。

小出:ああ……。

梶田:日本の仏教には、念仏もあれば、禅もあれば、お題目もあれば、密教もあれば、という風に、それぞれに異なった実践と信心のあり方が、それぞれの物語として共存し続けてきた。それを可能にしたのは、最後はみんなで目覚めようという大きな願いを共通して持っているからだと思うんですね。これは、世界宗教としての仏教としていちばん大事なところです。だから、今、禅が世界に広まっていますけれど、それも、禅だけが仏教で、それ以外は仏教じゃない、みたいな風に間違ったかたちで伝わってしまったら、本質的なところが見落とされてしまうような気はしていますね。

小出:自分の物語や、自分の信じている物語が、自分にとってかけがえのないものであるように、他人の物語や、他人の信じている物語は、他人にとってかけがえのないものであるということに思いをいたせば、互いに尊重し合える。そして、それぞれに違う物語を生きていたとしても、最後にはみんなで一緒に救われたい、という共通の願いを持つことは可能である、と……。

梶田:そういうことですね。

小出:それは、まさしく希望です。なんと言いますか、今、このタイミングで、梶田さんのお話をうかがえてよかったです。なにか、こう、じわじわとこころにしみわたっていくような……。今日はほんとうの意味での「世界平和」への大きなヒントをたくさんいただけた気がします。梶田さん、ほんとうにありがとうございました。

梶田:ありがとうございました。 

 

梶田真章(かじた・しんしょう)

1956年、浄土宗大本山黒谷金戒光明寺の塔頭、常光院に生まれる。
1980年、大阪外国語大学ドイツ語科卒業。
1984年、法然院第31代貫主に就任、現在に至る。

1985年、境内の環境を生かして「法然院森の教室」を始める。
1993年、境内に「共生き堂(ともいきどう)〔法然院森のセンター〕」を新築、この建物を拠点に自然環境と親しむ活動を行う市民グループ「フィールドソサイエティー」の顧問に就任。
現在、NPO法人和の学校理事。きょうとNPOセンター副理事長。
アーティストの発表の場やシンポジウムの会場として寺を開放し、法話を数多く行う。

著書に『ありのまま―ていねいに暮らす、楽に生きる。』(村松美賀子=構成・文 リトルモア=刊)など。

 

※この対話記事をベースとして、7月9日(日)に「Temple@法然院」というイベントを開催いたします。梶田真章さんご本人もご参加くださいます。お気軽に遊びにいらしてくださいね。くわしくは当サイトEventページをご参照ください。

※「まいてら新聞」【梶田真章さん(僧侶)の“いのち”観】 – 「願い」のシンボルとなり、この世にはたらきかけ続けていく – も、あわせておたのしみください。