今回は、「一雨潤千山(いちうせんざんをうるおす)」という禅語をご紹介します。文字通り「ひと雨が多くの山を潤す」という意味のことばです。お釈迦さまの見出した法が、天下にあまねく広がっていく様子をあらわしている、というのが一般的な解釈になるでしょうか。しかし、今回は、あえて自分自身の体験に引きつけて、このことばを味わってみたいと思います。
雨続きの季節。ほんの少しの外出でも、雨に濡れてしまうことが少なくありません。そんなとき、私なんかは、「雨に降られた」と受け取ってしまいがちなのですが、これこそがマイナスな気分を助長する態度だと言えなくはないでしょうか。落ち着いて周りを見渡してみれば、雨は辺り一面に平等に降り注いでおり、決して私ひとりに向かって降ってきているのではありません。
「私が雨に降られた」のではなく、「ただ、雨が降っている」。それだけ。事実を事実として受け取ってみれば、ここにはストレスの元になるようなことはなにもないのです。
仏教の基本は「如実知見」。すべてをありのままに見通すことです。個としての自分だけを変な風に特別扱いすることなく、自分を成り立たせている世界のすべてに目を向けてみれば、そこには、ただありのままの「生」があるだけ。その地平からいかに離れず、毎瞬毎瞬を誠実に生ききるか―― それこそが修行の醍醐味なのかな、なんてことを思います。どんよりとした空の色に心まで曇ってしまいそうになったら、思い出したいことばです。
(「ほぼ週刊彼岸寺門前だより」2016年6月12日発行号より転載)